科研費基盤研究(A):イスラーム・ジェンダー学と現代的課題に関する応用的・実践的研究

<記念セミナー> マイノリティとして生きる――アメリカのムスリムとアイデンティティ

<記念セミナー>
マイノリティとして生きる――アメリカのムスリムとアイデンティティ

2022年12月4日に下記の記念セミナーを開催しました。以下に文字起こし記録と開催報告を掲載します。
※右端の画像をクリックすると文字起こし記録(PDFファイル)が開きます。
  

開催報告

報告文1

「多様性どうしの出会い」

 2022年12月4日、リック・ロカモラさんの記録写真集『マイノリティとして生きる――アメリカのムスリムとアイデンティティ』の刊行および写真展の開催を記念するセミナーが、日・英の二言語を使用して開かれた。来日されたロカモラさんをはじめ、登壇された方々の貴重なお話を拝聴し、ここでは、内容の紹介や、私の気づきを述べさせていただきたい。  まず、同書の監修・編著をなさった後藤絵美先生が、司会進行として、セミナーの趣旨を説明された。「ロカモラさんの作品を通して現代世界が抱える問題――人々のあいだの分断や対立――の解決方法を模索すること」が、写真集と写真展の目的とのことだった。
 高橋圭先生は、同じく監修・編著を務められており、近現代のイスラームについてご研究されている。アメリカでの調査においては、観察者であると同時に、ムスリム・コミュニティの、ある種の一員として、「活動に参加し、共感し、またそこで起きる問題に心を痛めたり、悩んだりもしてきた」という。ロカモラさんの写真にも、ムスリムと非ムスリムが一緒に写っているものがあり、私たちはこの社会で、多様性をそれぞれに持つ他者とともに生きていることを感じられる。
 ロカモラさんは、移民の公民権を長年のテーマとされていて、不平等や人権問題に関する現状や、自身の活動のご経験も交えてお話をしてくださった。「9.11」後のアメリカでは、ムスリム・コミュニティが偏見や差別にさらされる動きも起こってしまった。その中でロカモラさんは、宗教や文化についての情報を提供し、かれらに対する暴力に対抗するために、人びとの日常や感情を映し出す記録を続けてきた。
 長沢栄治先生は、中東地域研究・近代エジプト社会経済史をご専門とし、イスラーム・ジェンダー学科研の代表をなさっている。長沢先生のお話で最も印象的だったのは、「多くの人びととの出会いで得られるものの一つは、その生き方に反映された歴史を知れること」というお言葉である。そしてロカモラさんの写真を、「人びとの日常の生活、生き方に温かい眼差しで迫った作品」と表現された。写真は人びとが出会う場の一つになり、自分との関わりや歴史を考えるきっかけをくれる。
 私はこれまで、イスラーム教を遠い世界の話だと他者化してしまっていた。ロカモラさんや佐藤兼永さんの作品により人びとの感情にあふれる写真集を通して、今を生きるムスリムの姿と出会い、自分が無知や無理解に陥ったままでいたことを反省している。多様なバックグラウンドやアイデンティティを持つムスリムと出会い、かれら、そして私を取り巻く社会課題を自分ごととして考えていきたいと思った。
 新型コロナウイルス感染拡大予防のため、これまで様々な活動の自粛、そして活動のための模索が行われてきた。本セミナーでは対面とオンラインのハイブリット式が取られ、会場にお越しになるのが難しい方も参加が可能となった。そして、人びとが空間を共有しての催しも再開されつつあり、セミナー後に交流会とサイン会が開かれた会場では、人びとの交流や新たな繋がりが生まれる瞬間に立ち会うことができた。このような機会を設けてくださった、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所の皆さま、科研費基盤(A)「イスラーム・ジェンダー学と現代的課題に関する応用的・実践的研究」の皆さまに感謝したい。高橋先生がロカモラさんとアメリカのモスクで出会い、多くの方々の協力・支援が集まって、作品が写真集や写真展の形となり、そして私たちが、生き生きと描き出される多様なムスリムの姿に出会えることとなった。出会いのもつ力をひしひしと感じられる。
 だれもが、多様性の一員である。信じる宗教やその解釈、性のあり方、出自、心身の状態、価値観、生き方…がそれぞれ異なる、世界にただ一人の、かけがえのない人びとどうしが出会い、相手を知ろうとすることが、一人ひとりが尊重される社会への第一歩になるのではと思う。
*報告文作成:立教大学文学部 中野恵梨子

報告文2

「感情を捉える」ということ

 リック・ロカモラ氏が長い歳月をかけてアメリカ人ムスリムのコミュニティを記録してきたのは、アメリカ社会で繰り返される差別や暴力を目の当たりにして人権や自由権に対する懸念を抱いたからである。9.11を機に顕著になったムスリムへの嫌悪は、イスラームという信仰が分断を生みだす皮肉な状況を描き出した。だが、アメリカ人ムスリムは、他のアメリカ人と同じように社会を支える大切な一員である。彼らの日常をそのまま写しだしてアメリカ人のムスリムに「目に見える声」を提供することを目指している。
 ロカモラ氏がカメラを構えるときに大切にしているのは、写真を撮る相手の感情を捉えること。写真が白黒なのは、その写真を見た時に、そこにある感情そのものに目を留めることができるからだという。言われてみれば、写真には活力に満ちた人々の姿が写り、その瞬間の空気が伝わってくるようである。フレームに収まる人とレンズ越しにカメラを構えるロカモラ氏の眼差しが重なって、こちら側に迫ってくる気さえする。白黒の写真は、こんなにも感情を写しだすことができるのかと独り合点した私は、自分のスマートフォンに保存してある写真を白黒に加工してみたが、当たり前のことながら全然違う。やはり、ロカモラ氏がここぞと思ってカメラを向けたその瞬間にすべてがつまっているのである。
 レンズの向こうにいる人の感情を捉えるのは、簡単なことではない。相手をよく観察して感情が溢れだすその瞬間を逃さないようにするのだ。そもそも観察する“目”を持っていなければならない。レンズの先にいる人間の感情に寄り添う力も必要である。ロカモラ氏は「写真を通じて他人を理解することができる」と言うが、そのためには自分自身にまずは相手を理解するだけの度量が求められる。この写真を通じて、ロカモラ氏はどんな想いでレンズを覗いていたのか、シャッターを切ったその瞬間は何を感じていたのだろうか。それは、差別や暴力が起こる現実に対する焦燥感であるかもしれないし、日常の時間が流れていくことへの安堵感かもしれない。
 実に多様なアメリカのムスリムを一枚岩に捉えると、一体何を指しているのか、その対象が曖昧になる。漠然としていることからくるわからなさ、それへの恐怖心が差別や暴力へと駆り立てることもあるだろう。だからこそ、私たちはそこにいる個々の人間を見るべきではないか。まずは相手を尊重して、その人に興味をもつことだ。写真を通じてロカモラ氏がその人の感情を捉えることができるのは、こうして一人一人と誠実に向き合おうとする姿勢から生まれるのではないかと思う。
*報告文作成:IG科研事務局/お茶の水女子大学大学院博士後期課程 木原悠

 アメリカ在住の写真家リック・ロカモラ氏の記録写真集が東京外国語大学出版会より刊行されました。この本は、2001年の「9.11」以後のアメリカで暮らすムスリム(イスラーム教徒)に焦点をあて、かれらの日常の一端を捉えた写真と、関連するテーマを論じたエッセイや解説からなっています。
 この度、来日中のロカモラ氏を迎えて刊行記念セミナーを開催することになりました。交流会とサイン会も行いますので、多くの皆様に会場にてご参加いただけますと幸いです。

・開催日:2022年12月4日(日)(終了しました)
・開催時間:13:00-15:00
・場所:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 大会議室(3F) http://www.aa.tufs.ac.jp/ja/about/access
※オンラインでのご参加も可能です。

◇司会 Facilitator:後藤 絵美(東京外国語大学AA研)
◇登壇者 Speakers:
 高橋 圭(東洋大学)「ロカモラ氏との出会い、アメリカのムスリムについて」
 リック・ロカモラ(記録写真家)「アメリカに生きるムスリムの声を写す」
 長沢 栄治(東京外国語大学AA研)「写真から学び、考える」

※使用言語:英語・日本語
※入場および視聴無料

【主催】
科研費基盤(A)「イスラーム・ジェンダー学と現代的課題に関する応用的・実践的研究」(代表:長澤栄治)
Kakenhi (A)”Research Project on Islam and Gender: Towards a Comprehensive Discussion” (Leader: Eiji NAGASAWA)