科研費基盤研究(A):イスラーム・ジェンダー学と現代的課題に関する応用的・実践的研究

調査報告会「Karihomen: 日本で〈クルド〉として生きるということ」

調査報告会「Karihomen: 日本で〈クルド〉として生きるということ」

*2022年7月17日に下記の調査報告会を開催しました。以下に開催報告を掲載します。

開催報告

 7月17日のイルファン・アクタンさんの報告会に82人もの方々が参加した。私もその一人として参加した。自身もクルド系トルコ人のジャーナリストであるイルファン氏は京大から招聘を受けてトルコより来日し、蕨市・川口市などに所在する在日クルド人コミュニティの実態に関してフィールドワークを行なっている。
17日の報告会はそのフィールドワークの中間報告が主な内容であった。イルファン氏は会の冒頭、来日して抱いた3つの感情について言及した。それはトルコ・日本政府への「怒り」、仮放免制度が改善されないことへの「悲しみ」、クルド人が集住している蕨への「懐かしさ」だ。安住の地を見つけようと苦悩するクルド民族の苦悩が脳裏に浮かんだ。また、クルド人が来日する理由として経済的、政治的理由それぞれの理由があるが、経済的理由もトルコにおけるクルド民族への抑圧に起因していることを忘れないでほしいと付け加えた。
 次に、在日クルド人コミュニティの起源について説明した。在日クルド人の80パーセントはマフキャーン族出身である。部族の存在感が大きいが、部族の長たるアーガーは不在である。氏によれば、1992年にトルコのマラシュ出身のマフキャーン族のクルド人で、のちに川口メメットと呼ばれるメメットが、オーストラリアに行こうとした時、とあるイラン人に出会い日本を目指したことが、クルド人コミュニティの始まりとされている。彼は解体業で働きながら、後から来たクルド人にも解体の仕事を世話した。解体業は日本語をあまり使わないですむことから、今でも多くの在日クルド人が従事している。こうして今日に続く在日クルド人コミュニティが形成されていった。
 続いて、蕨の在日クルド人コミュニティの状況について説明を行なった。氏によればクルド人コミュニティは自発的に形成されたものである。コミュニティに生きる人々の生を規定するのは、仮放免制度に象徴される、日本の移民難民政策のありようである。東洋大のクルド人学生は、仮放免とは人を存在するけど存在しない状態に置く制度と説明したという。クルド人を難民認定しないなどの在日外国人に対する統合政策のない日本においては、疑似家族的なコミュニティの役割が大きい。また、統合政策不在により高等教育へのアクセス、女性の社会進出の遅れなどの教育・文化の壁が取り払われてないことから、学校でのいじめや子供たちが高等教育にアクセスしづらいなど現実の問題が発生している。加えて、ビザの問題から高等教育にアクセスしたとしても就労に繋がらないなどの問題も発生している。
 最後に、入管の姿勢(トルコにおけるクルド人迫害に目をつぶる姿勢)と駐日トルコ大使館による在日クルド人への圧力(東京外語大学のクルド語授業の中止の要求や在日クルド人に対するSNS上の監視活動)によって在日クルド人コミュニティ内で恐怖から自由に言論を発信できない状態が続いていると氏は言及した。
 発表に続き、稲葉奈々子氏からのコメントとしてイルファン氏が言及した、在日クルド人を阻む文化・教育の壁の根源は日本の統合政策不在、在留資格制度に起因しているのではないかと指摘した。また、長沢栄治氏からはイルファン氏が言及した、トルコによるクルド人の強制移住政策の背景にはトルコ・ギリシャ戦争の際に起きた住民交換があるのではないかと指摘し、在日クルド人に対するトルコ政府の監視政策に関連して世界各地で起きているマイノリティー集団に対する監視政策の動向についてコメントがあった。
 最後に質疑応答として参加者から仮放免と監獄法との関係性、なぜ日本で統合政策が展開されていかないのか。トルコ政府の在日クルド人に対する監視政策に日本政府は関与しているのかなどの質問が参加者から上がった。また、仮放免と解体業への従事というセンシティブではあるが我々に根源的な問いとなる質問も出てきた。
 私はこの会に参加して、在留資格制度と仮放免の問題を、アカデミアや政府関係者に限らず様々な人々を巻き込みながら議論し、広く共有していくことが必要だと思った。なぜなら、この会に参加したのは普段から仮放免や在留資格の問題に興味がある人々だが、仮放免の方々が日常的に接する人々は、政治的な話題への関心が人並みの市井の人々ではないかと思ったからだ。そのような政治的な話題への関心がそこまで高くない市井の人々にも仮放免、在留資格の問題について興味を持ってもらい話題共有の輪を広げるためには、今回の会におけるような従来型の人道、人権という側面をクローズアップした問題提起に加え、地域経済振興や町おこしという経済的側面から問題提起をしていくことが、有力なアプローチになるのではないかと推察する。
*報告文作成:西方 滔天

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 埼玉県の川口/蕨市には、現在、約2000人のトルコ国籍のクルド人が、解体などの仕事に就きながら、家族とともに暮らしています。その多くは難民申請をしていますが、認定された人はまだいません。難民不認定後に在留資格が取り消され、《仮放免》となった者たちは、就労を禁止され、移動の自由も健康保険もない状態で、この国で生きていかねばなりません。 この春、トルコから、気鋭の人権派ジャーナリストであるイルファン・アクタン氏が、京都大学を拠点とするプロジェクトの一環として招かれ、川口/蕨市のクルド人コミュニティでインタビュー調査を行っています。《仮放免》という「身分なき身分」は人間の生にいかなる困難をもたらしているのか。その困難が、コミュニティ内部の社会政治関係のダイナミズムに及ぼす影響とは何か。アクタン氏に、3カ月にわたるフィールドワークで明らかになったことの一端を報告していただきます。

日時:2022年7月17日(日)15:00―17:10(終了しました)
会場:上智大学(四谷キャンパス)2号館508
   入場無料・事前申込不要
講演言語:トルコ語(日本語通訳付き)

プログラム
15:00-15:10 趣旨説明 村上薫(アジア経済研究所)
15:10-16:10 イルファン・アクタン(ジャーナリスト)「川口/蕨市の在日クルド人コミュニティについて」
16:10-16:20 休憩
16:20-16:30 コメント 稲葉奈々子(上智大学)
16:30-16:40 コメント 長沢栄治(東京外国語大学)
16:40-17:00 質疑応答
17:00-17:10 閉会挨拶 岡真理(京都大学)

イルファン・アクタン氏紹介:
 トルコのジャーナリスト。アンカラ大学コミュニケーション学部ジャーナリズム学科在学中にジャーナリストとして活動を始め、ニューズウィークトルコ版をはじめトルコ各誌に執筆。イラク・イラン難民のドキュメンタリー『オメルよ、家に帰れ』『裏庭の人々』を制作。著書に、現在のイラク出身のユダヤ人でクルド人の祖父と結婚、ムスリムに改宗しトルコに移住した祖母の一生を記録した『Naze:ある移住の物語』(2011年)、クルド問題に関する識者へのインタビュー集『毒と解毒剤:クルド問題』(2006年)がある。主な関心は、クルド問題、難民、不利な立場にある集団、人種差別政策、報道の自由と表現の自由。2022年度European Press Prize 報道部門にノミネート。

主催:
・科研基盤研究(A)「イスラーム・ジェンダー学と現代的課題に関する応用的・実践的研究」(代表:長澤榮治)
・科研基盤研究(A)「トランスナショナル時代の人間と「祖国」の関係性をめぐる人文学的、領域横断的研究」(代表:岡真理)
・上智大学イスラーム地域研究所