科研費基盤研究(A):イスラーム・ジェンダー学と現代的課題に関する応用的・実践的研究

【第一期】研究会「イスラーム相続法とジェンダー平等をめぐる議論」

研究会「イスラーム相続法とジェンダー平等をめぐる議論」

<プログラム>

司会: 竹村和朗(日本学術振興会)

「趣旨説明とエジプト相続法の概要」(15分)
本研究会の背景として、チュニジアの相続法改正に対するエジプト宗教界の反発を示した新聞記事と、エジプト相続法(1943年法律第77号)の内容を概観する。

報告1: 小野仁美(神奈川大学)

「古典イスラーム相続法とチュニジア家族法」(40分)
古典イスラーム法における相続関連規定を整理し、そのうえで、チュニジアで一昨年より議論が続く世俗的な立場からの相続法改正をめざす動きについて概観する。さらに、相続法改正をイスラーム的な論理から是認する新しい潮流についても検討する。

  休憩 15分

報告2: 森田豊子(鹿児島大学)

「イランにおける相続関連規定の変化と改正の動き」(40分)
イラン革命前後における相続関連規定の変化についての整理を行い、そのうえで、2009年に行なわれた夫から妻への相続規定に関する改正の動きと社会への影響について分析する。

コメント: 小林寧子(南山大学)

  討論

<概要>

ムスリム諸国の相続法は、息子の相続分を娘の2倍とするクルアーンの章句を典拠とした古典イスラーム法規定に準拠したものが多い。このため、相続法における男女間の権利の不平等はしばしば問題視されてきたが、その改正はイスラーム法に反するものとして避けられてきた。ところが近年、人権思想やジェンダー平等の観点から、相続法改正を求める声があげられるようになった。また、こうした声を受けて、イスラーム法学の立場からもこの問題に対する応答がなされるようになっている。本研究会では、これら現代ムスリム諸国の相続法改正をめぐる問題について、古典イスラーム法の規定といくつかの国の事例を検討し、議論を進めていきたい。


開催報告

 2018年3月25日、東京大学東洋文化研究所で、「イスラーム・中東における家族・親族の再考」第6回研究会および「イスラーム家族・女性関連法の運用実態の研究」第4回研究会が共催で開催され、竹村和朗氏(日本学術振興会)が「趣旨説明およびエジプト相続法の概要」を、小野仁美氏(神奈川大学)が「古典イスラーム相続法とチュニジア家族法」について、森田豊子氏(鹿児島大学)が「イラン民法における相続法とジェンダー」について発表を行い、発表に対して小林寧子氏(南山大学)からのコメントをいただいた。

 はじめに、竹村氏より研究会の趣旨説明として、チュニジアでの相続法改正の動きに対するエジプト宗教界の不満の表明の報道の紹介とエジプトにおける身分関係法と相続法の大まかな概要が紹介された。次に小野氏の報告では、イスラーム古典法(スンナ派)の相続規定、チュニジアにおいて1956年に制定された身分関係法における相続規定についての説明があり、それを踏まえて、2011年以降の政変以降に活発となっている相続法改正の議論をめぐる世俗主義的立場からの要求、イスラームの立場からの反論およびイスラーム的な立場から新たな解釈を行おうとしている論者(ウルファ・ユースフ)の議論が考察された。最後の森田の発表では、1930年代に成立した、イラン民法(シーア派法学を取り入れている)における相続法規定の説明と、2009年の法改正により「妻が夫から土地を相続することができる」ようになった経緯についての報告があった。

   小林氏のコメントでは、法律の形はわかったものの具体的な実例では地域や時代による多様性があるはずであること、インドネシアにおける議論の現状との違いなどが指摘された。フロアからはトルコの事例なども紹介され、「法」とは何か、「イスラーム法」とは何か、「慣習」とは何かについて活発な議論がなされた。今後これらの基本的な事項の議論をどのように深めるだけではなく、両研究会の共通テーマである「家族」についての考察にどう切り込んでいくのかが課題として意識されるなど、たいへん有意義な会となった。

報告:森田豊子