科研費基盤研究(A):イスラーム・ジェンダー学と現代的課題に関する応用的・実践的研究

【第一期】「開発とトランスナショナルな社会運動」第7回

「開発とトランスナショナルな社会運動」第7回

13:30~14:30

報告者: 高橋 圭(日本学術振興会特別研究員RPD/上智大学)

題 目: 多様性と正統性の狭間で ―アメリカの「伝統イスラーム運動」とコミュニティ形成の新たな取り組み―

要 旨: 近年アメリカのムスリムの間で、ムスリム社会内部に存在する人種やジェンダー間の差別や不均衡を問題視し、多様性を受け入れるコミュニティの形成を目指す動きが高まっている。この動きは様々な形で展開されているが、特に最近若い世代のムスリムの支持を得て盛り上がりを見せているのが、スンナ派伝統主義を掲げるスーフィー運動である。報告者がさしあたり「伝統イスラーム運動」と呼ぶこの運動は、スンナ派古典法学と神学の枠組みに沿った「伝統的な」イスラーム解釈の正統性を説く一方で、アメリカの「ローカルな」文脈を重視し、イスラーム的正統性とムスリムの多様性の両立を目指す点に特徴がある。本報告ではサンフランシスコ・ベイエリア地域で行ったフィールド調査をもとに、具体的にどのような形で多様性を受け入れるコミュニティの形成が取り組まれているのか、アメリカのムスリム社会全体の文脈に位置づけながら考察してみたい。

開催報告:  本報告では、現在アメリカで盛り上がりを見せているスンナ派伝統主義を掲げるスーフィー運動に注目し、その中で多様性を受け入れるムスリム・コミュニティ形成の取り組みが見られることを、具体的な事例から紹介した。報告者が「伝統イスラーム運動」と呼ぶこの運動は、古典法学・神学の枠組みに沿った解釈とスーフィー的な内面の信仰の復権を説く一方で、現代アメリカの文脈を重視し、アメリカ社会に暮らすムスリムの生活様式や問題意識に寄り添うイスラーム解釈・実践の構築を目指す点に大きな特徴がみられる。近年アメリカの特に若い世代のムスリムの間では、移民男性を中心とする既存のムスリム・コミュニティにおいて、女性、改宗者、移民二世世代の若者などが周縁化されてきたとする認識が共有され、その改善を求める声や運動の高まりがみられるが、「伝統イスラーム運動」に傾倒する若者たちの間でも、同様の問題意識をもとに、多様性を認めるコミュニティ形成を目指す動きが進んでいる。
 本報告では、ムスリム・コミュニティ団体「タアリーフ・コレクティヴ」に注目し、その組織や活動の分析から、こうしたコミュニティ運動の実態を考察した。「タアリーフ・コレクティヴ」は「誰もが受け入れられる場」をコンセプトとして、特に移民を中心とするモスク・コミュニティに馴染めない「アメリカ育ち」のムスリムたち―新規改宗者や移民二世の若者など―をターゲットとした活動やプログラムを提供している。その活動内容や空間的特徴の分析から、報告者は、この団体自身は自らを既存のコミュニティを「補完する」場と位置付けており、多様なムスリムをそこに統合する役割を担うことで、結果的に既存のコミュニティが多様性を受け入れる場に変革することを目指していると結論づけた。また、同様の戦略が現在は女性イマーム運動など他の社会運動にも採用されて一定の成果を見ていることも、いくつかの事例を示しながら紹介した。

14:30~15:00 質疑応答
15:00~15:15 コーヒーブレイク
15:15~16:15

報告者: 山口 匠(東京大学大学院総合文化研究科)

題 目: モロッコにおける社会運動とスーフィズム ―タリーカ・アマニーヤ・ガーズィーヤを事例に―

要 旨: 中東・北アフリカ地域の中では比較的政情が安定しているモロッコにおいても、社会に対する不満が様々な地域で噴出している。そうした中で、大多数のスーフィー教団は政治との距離を保ち、むしろ体制への恭順を積極的に示しているように思える。しかし、これはスーフィーたちによる社会への働きかけの欠如を意味するのではない。タフィラルト地域にルーツを持ち現在はメクネスを拠点とするタリーカ・アマニーヤ・ガーズィーヤは、小規模なコミュニティ活動を続けながら、トランスナショナルなスーフィーのネットワークに参入しつつある。本報告では、モロッコのスーフィズムをめぐる状況を確認した上で、彼らの取組みを検討する。

開催報告:  本報告では、アミーニーヤ・ガーズィーヤ教団という新興のスーフィー教団の活動を紹介し、これをモロッコの政治的・宗教的な文脈に照らして検討した。
「モロッコの例外(L’exception marocaine)」の言葉が示すように、モロッコは現在の中東・北アフリカ地域の中でも比較的政情が安定している。マフザン体制、すなわち国王を頂点とする支配層のエスタブリッシュメントは、アラブの春の余波にも率先して対応し、その安定性が揺らぐことはなかった。国王ムハンマド6世は王位継承以来、自らを改革者として位置づけることに成功しており、社会に対する不満は多くの場合、国王が主導する改革を円滑に進めることをしない行政機関や政党へと向けられる。
 宗教方面における改革の一環として、90年代以降にスーフィー教団は過激派への対抗軸となることを期待され体制からの支援を陰に陽に受けるようになり、教団の側もまたこれを貴貨としてアミール・ムウミニーンたる国王への恭順を積極的に示している。カーディリーヤ・ブージーシーヤ教団はその最たる例と言えるが、改革派と知られる同教団にあってもシャイフの身体への接触が特別視されるなど、モロッコのスーフィズムに見られる二極性の根強さを先行研究は明らかにしている。
  本報告が扱うアミーニーヤ・ガーズィーヤ教団は、「民衆的」と形容されうる実践を徹底して排除する。メクネスを拠点とする同教団は南部のタフィラルト地方にルーツを持つが、2005年のシャイフの霊的体験を期に教団の活動を再組織し、ナフル礼拝やズィクルなどの日常の崇拝行為に加え、定期的な勉強会の開催やコミュニティ活動などを通じて、モロッコ社会のアクチュアルな問題にも取り組んでいる。本報告は、国王主導の改革に貢献するというスタンスから「進歩」と「道徳」を強調する彼らの活動を、都市中流層の市民運動としてのスーフィズムと論じ、それは同教団の規模の小ささとメクネスにおける歴史の浅さから可能となっているのではないかと指摘した。

16:15~17:30 質疑応答 + 全体討論
18:00 ~ 懇親会