公募研究会「イスラーム・中東における家族・親族の再考」第7回集会
「憲法における「家族」規定を考える:日本と中東の比較から」
- 日時: 2018年9月29日(土)10:00~12:00
- 場所: 東京大学 東洋文化研究所 3階 大会議室
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概要:中東の憲法には、「家族は社会の基礎である」という規定がしばしば見られます。個々の人間ではなく、夫婦や親子関係でもなく、「家族」が憲法の中で言及されることに、どのような意味や狙いがあるのでしょうか。本研究会では、日本における離婚や夫婦別姓問題について第一線で活躍される弁護士の打越さく良さんを迎えて、日本と中東の憲法の比較からこの点について考えていきたいと思います。(参加無料、どなたでもご参加いただけます。)
<プログラム>
司会:村上薫(アジア経済研究所)
趣旨説明 | 竹村和朗(日本学術振興会) |
報告(各10分ほど) | 中東・イスラーム諸国の憲法と「家族」 小野仁美(神奈川大学) エジプト憲法における「家族」規定の変遷 竹村和朗(日本学術振興会) |
講演(30分ほど) | 日本国憲法における「家族」 打越さく良(さかきばら法律事務所) |
質疑応答 |
主催:科研費「基盤研究A イスラーム・ジェンダー学の構築のための基礎的総合的研究」(代表:長沢栄治)
問い合わせ先:islam_gender[a]ioc.u-tokyo.ac.jp [a]を@に変換してください
*資料準備の都合上、参加希望の方は事前連絡をいただけますと幸いです。
開催報告
本研究会では、さまざまな時代や地域を対象とする参加者が持ち寄る事例を比較検討しながら、イスラーム・中東に関わる家族・親族概念の射程と用法について再考してきた。テーマのひとつは、「法と家族」である。
中東の憲法には、「家族は社会の基礎である」という規定がしばしば見られる。個々の人間ではなく、夫婦や親子関係でもなく、「家族」が憲法の中で言及されることに、どのような意味や狙いがあるのか。折しも、日本の自民党改憲案でも、家族を「社会の自然かつ基礎的な単位」として尊重するという条文が検討されている。七回目を迎える今回は、弁護士の打越さく良氏を迎え、憲法のなかの「家族」について、日本と中東の憲法を比較、検討した。
竹村氏の趣旨説明に続き、中東の憲法について二つの報告がなされた。小野氏の「中東・イスラーム諸国の憲法と『家族』」は、イスラーム法と近代以降の法の関係について解説し、中東各国の憲法における「家族」の概念の提示のされ方を示した。イスラーム法は、クルアーンと予言者ムハンマドの伝承を参照しながらつくりあげられた規範の体系であり、19世紀以降、近代法が制定されるようになっても、相続や離婚など家族にかかわる実践を規定しつづけた。20世紀以降、チュニジアを皮切りに中東諸国では憲法が制定され、またイスラーム法を受け継ぎつつ近代法としての家族法が制定された。家族法にはイスラーム法にはなかった「家族」というまとまりが明記された。多くの国で憲法に家族を社会の基礎とする規定が盛り込まれたが、その経緯は今後の課題である。なお、この考え方を最初に示した世界人権宣言の条文の草案を起草したのは、レバノンのキリスト教徒シャルル・ハビーブ・マーリクであった。
続いて竹村氏から、「エジプト憲法における『家族』規定の変遷」について報告があった。エジプトでは頻繁に改憲が行われること(1923年以降、8の制定憲法)、家族規定のある憲法とない憲法があることを確認したのち、(1)家族(al-usra)は社会の基礎という規定、(2)家族・女性・母子の保護、(3)女性の仕事と家庭の調和、(4)家族・伝統・倫理・価値の四分野について、条文を紹介した。
研究会の後半は、打越さく良氏による「日本国憲法における『家族』」についての講演があった。現行憲法24条と明治民法の家制度規定を比較したのち、自民党の改憲案24条を検討した。改憲案24条は、婚姻・家族における両性の平等の規定を、家族や共同体の価値を重視する観点から見直すべき、とするものである。自民党改憲案を含む日本の右派の改憲論は、ベアテ・シロタ草案や世界人権宣言、フランスやドイツの憲法などを参照するが、それは文脈を捨象し換骨奪胎した、恣意的な方法によっている。たとえば、ドイツ憲法の「婚姻および家族は国家秩序の特別の保護を受ける」を引用し、日本にも家族保護条項が必要だという主張がある。だが、ドイツ憲法の家族重視の趣旨は本来、女性や子どもに権利を認めたうえで、国家や社会が家族を保護することにある。報告では、自民党改憲案のほか、右派論客が監修した冊子や自民党ウェブサイトの漫画など、ポピュラーな媒体もとりあげた。
質疑では、◆日本の改憲案24条の意図、◆中東の憲法において家族を社会の基礎とすることの含意、◆中東における近代法の成り立ちを踏まえた法の技術論という視点の必要性、◆法と家族の議論における宗教的なものの位置づけなどについて、議論がなされた。打越氏からは、改憲案24条の根本的な意図として、個人の合意ではなく親子の血縁による義務の履行を基盤とする家族をつくることにより、国家への義務を果たす国民をつくりだすことがあげられた。家族を社会の基礎とすると規定する点で、中東諸国の憲法はベアテ案や自民党改憲案に似るが、その含意は、前後の記述や男女平等規定の有無など他の条文とのかかわり、あるいは「社会」の意味するところを明らかにするなかで考察する必要性がある。
研究会を通じて、「家族は社会の基礎」という一文に込められた意図を、歴史的社会的文脈のなかに探ることにより、有意義な比較研究が可能になることが確認された。二時間という限られた時間であったが、イスラーム・中東における「法と家族」にとりくむための多くの示唆が得られ、充実した会となった。
(文責:村上薫)