科研費基盤研究(A):イスラーム・ジェンダー学と現代的課題に関する応用的・実践的研究

【第一期】「開発とトランスナショナルな社会運動」第9回

「開発とトランスナショナルな社会運動」第9回

14:00~15:00

報告者: 伊香祝子(慶応義塾大学ほか非常勤講師)

題 目: “Ni una menos”―SNS発、アルゼンチンの女性運動

要 旨: アルゼンチンでは2015年の5月に起こった殺人事件をきっかけに、#niunamenos(だれひとり欠けさせない)というハッシュタグを使ってSNSで呼びかける女性への暴力に反対する運動が活発化し、2018年の中絶合法化法案支持の拡大にもつながった。本報告では、#niunamenosやその他のハッシュタグを追いながら、この運動のアルゼンチンの女性運動全体のなかでの位置づけ、その他のスペイン/ラテン語圏へのトランスナショナルなひろがりなどを紹介する。また下院での中絶合法化法案の廃案後の運動の展開などについて、最近の情報も補足していきたい。

開催報告:アルゼンチンでは家庭内暴力などの女性に対する暴力への法整備が1995年ごろより行われ始めたが、女性を対象とした殺人が減らないことに対して、2015年の6月に20万人規模の集会(ブエノスアイレスだけで)が開催された。このときのスローガンが“Ni una menos”(ひとりの女性も欠けさせない)である。
本報告では、6月3日の集会の映像をお見せした後、2018年8月(中絶合法化が下院で却下)までにSNS上で見られた関連するハッシュタグ、同国の20世紀の女性運動、法整備と、この20年間の社会運動の特質について説明し、スローガンの分析から見えてきたメキシコの女性殺人やラテンアメリカ地域での過去の人権侵害の事例との関連について述べた。このあたりで時間が超過してしまい、トランスナショナルな動き(他の南米諸国、スペイン、イタリアでの連帯など)まで十分時間がさけなかったのは残念である。
一方、参加された皆様から、他の殺人と比べて女性殺人の割合が著しく高いのか、国際的な人権条約への批准はどうなっているのかなどのご質問をいただいた。また、パレスチナやトルコでの母親たちの運動が、軍政下で始まったアルゼンチンの「五月広場の母たち」の運動からインスパイアされていたという大変示唆に富んだご指摘もいただいた。発表を終えて、性暴力のような問題について語る場合、個々の事例にフォーカスしすぎると、あまりよく知られていない地域については、ことさらに暴力が蔓延しているというイメージを与えてしまうという問題があることに気付かされた。この点は今後の課題としたい。

15:00~15:30 質疑応答
15:30~15:45 コーヒーブレイク
15:45~16:45

報告者: 西直美(同志社大学特別任用助手)

題 目: 越境するタイ深南部マレー系ムスリム女性と帰属意識

要 旨: タイ南部国境県(以下、深南部)では、タイからの分離独立運動が断続的に続いている。深南部のマレー系ムスリムは、宗教、言語、慣習など多くの点で隣国マレーシアのマレー系ムスリムと共通点をもち、日常的な越境が行われている。本発表では、タイ深南部からマレーシアに越境する深南部出身女性の経験を通して、国家、宗教との関係や帰属意識ついて検討してみたい。

開催報告:タイ深南部のマレー系ムスリム(ナーユー)は、宗教、言語、慣習など多くの点を隣国マレーシアのマレー系ムスリムと共有しており、古くから相互交流の歴史がある。本発表は、マレーシアにおけるナーユー女性のライフヒストリーを通して、国家、宗教、民族と帰属意識との関係を考察することを試みたものである。
まず、20世紀初頭からマレーシアの成立まで、ナーユーによるタイからの分離独立運動が興隆した1960年代から現在に至るまでのマレーシアへの人の移動の特徴が概観されたのち、現在もっともよくみられるのがマレーシア国内のタイ料理店(通称トムヤム店)における就労であることが説明された。つぎに、第一世代から第三世代のナーユー女性のライフヒストリーを通して描き出されたのは、エジプトやサウジアラビアに広がるウンマのネットワークのなかで生きる過程で醸成されたナーユーとしての帰属意識と、ナーユーであることが必ずしもタイと結びつかない状況の存在である。ここでは、深南部がタイ国家の領域にあったためにタイ国籍をもつという以上に、タイは大きな意味を持たない。同時に、トムヤム店で働く第一世代のナーユーの間では、ナーユーとしての帰属意識を明確に掲げる一方で、マレーシアで外国人/オラン・サヤーム(タイ人)として周縁化された経験からタイ人であるという意識を強めている場合もみられる。
発表後、国籍や婚姻にかかる法的問題、タイ・マレーシア関係、深南部における教育言語、タイ国内での人の移動の特徴、トムヤム店でナーユーが雇用される背景などに関して、質疑応答がなされた。加えて、深南部で維持されてきた伝統教育こそがナーユーのウンマのネットワークへの参入の背景と捉えうる点や、SNSを通した親族・同郷者の新しいコミュニティ形成の可能性、マレーシアのトムヤム店のネットワークがタイでの分離独立運動に及ぼしうる影響などについてもコメントや質疑があった。

16:45~17:30 質疑応答 + 全体討論
18:00~ 懇親会(場所は調整中、予算3000円程度)