科研費基盤研究(A):イスラーム・ジェンダー学と現代的課題に関する応用的・実践的研究

【第一期】イスラーム・ジェンダー学科研公募研究会「イスラーム・中東における家族・親族の再考」第8回集会

イスラーム・ジェンダー学科研公募研究会「イスラーム・中東における家族・親族の再考」第8回集会

イスラーム・ジェンダー科研公募研究会「イスラーム・中東における家族・親族の再考」第8回集会のお知らせ

日時:2019年8月30日(金)14:30-17:30(14:00開室)

場所:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所3階大会議室(303)
アクセスhttp://www.aa.tufs.ac.jp/ja/about/access
(最寄駅:西武多摩川線 多磨駅)

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 イスラーム・ジェンダー(IG)科研の公募研究会「イスラーム・中東における家族・親族の再考」では、同科研代表者である長沢栄治先生の近著『近代エジプト家族の社会史』(2019年、東京大学出版会)の読書会を、著者ご臨席のもと、下記の要領で開催いたします。

 500頁を超える大著で、一度にすべてを扱うことは難しいため、今回は、この中でも120頁にわたる渾身の書き下ろし部分である第2章「近代エジプトの家族概念をめぐる一考察」を取り上げます。 第2章は、それぞれ20~30頁からなる5つの節から構成されており、これらを4人が分担し、内容紹介と批評を試みます。

 エジプトの家族概念に関わる論争を扱う第1、2節は、同じくエジプトの家族を考察対象とし、その関係性の在り方を人類学的に研究する岡戸真幸氏(上智大学)が担当します。1988年にノーベル文学賞を受賞した作家ナギーブ・マフフーズの『カイロ三部作』(『張り出し窓の街』『欲望の裏通り』『夜明け』の三作。近年塙治夫氏による新訳が国書刊行会より刊行された)における家族関係を扱った第3節は、フランス語圏文学およびアラブ=ベルベル文学を幅広くカバーする鵜戸聡氏(鹿児島大学)が担当します。エジプト人社会学者サイイド・オウェイスの自伝を資料とした第4節は、エジプトの隣国であり、同じアラビア語圏であるパレスチナの収監者を取り巻く社会事情を研究する南部真喜子氏(東京外国語大学・院)が担当します。最後に、地域研究と家族研究の接点と提言を収録した第5節は、本研究会幹事の竹村(高千穂大学)が担当します。

 本書、とりわけ当該章は、エジプトの家族論のみにとどまらず、家族研究の批判的検討、アラビア語における家族の比較考察、文学や自伝における家族用語の用いられ方や実態にそくした家族像の再検討など、家族に関わる多様な側面を扱ったものです。これらに関心をお持ちの多くの方々のご来場をお待ちしています。IG科研の主旨にのっとり、社会に開かれたオープンな研究会を目指しています。事前登録は本来必要ありませんが、資料準備等の都合上、先にお申し出いただければ幸いです。その他内容についてご不明な点があれば、下記のイスラーム・ジェンダー科研事務局までお問い合わせください。 (竹村和朗)

<内容>
1. 趣旨説明 竹村和朗(高千穂大学)

2. 読書会 長沢栄治著『近代エジプト家族の社会史』(2019年)の第二章「近代エジプトの家族概念をめぐる一考察」(41-160頁)の内容紹介(各30分程度)
 第1節 エジプト農村の家族(アーイラ)「論争」(43-56頁)、および、第2節 近代エジプト自伝資料における家族概念(56-84頁) 岡戸真幸(上智大学)
 第3節 ナギーブ・マハフーズ『カイロ三部作』における家族概念と家族関係(85-108頁) 鵜戸聡(鹿児島大学)
 第4節 社会学者サイイド・オウェイス自伝における家族概念と家族関係(108-128頁) 南部真喜子(東京外国語大学・院)
 第5節 むすびに――地域研究としての家族研究(128-160頁) 竹村和朗(高千穂大学)

3. 全体議論

*資料準備の都合上、参加希望の方は事前連絡をいただけますと幸いです

問い合わせ先:islam_gender[a]ioc.u-tokyo.ac.jp [a]を@に変換してください

使用言語:日本語

主催:科研費基盤(A)「イスラーム・ジェンダー学構築のための基礎的総合的研究」(研究代表者:長沢栄治(AA研研究員),課題番号:16H01899)

開催報告

『近代エジプト家族の社会史』読書会 報告文

2019年8月30日東京外国語大学AA研にて、「長沢栄治著『近代エジプト家族の社会史』読書会」がイスラーム・ジェンダー学科研メンバーに限らない幅広い参加者20名を迎え行われた。本会の対象となった『近代エジプト家族の社会史』(2019年、東京大学出版会、517頁)は、著者が長年継続してきた研究の中でも家族を主題として扱ってきた論稿をまとめた書籍であり、その中には1986年初出の論稿から書き下ろし論稿までが含まれている。本読書会では、全11章からなる書籍のなかでも、書き下ろしとなる第2章「近代エジプトの家族概念をめぐる一考察」が取り上げられた。会ではまず趣旨説明に続き、117頁にわたる本章が4人の評者によって批評され、著者による回答、フロアを交えた質疑応答と続いた。

  第1節と第2節を担当した岡戸真幸(人間文化研究機構/上智大学)は、担当節での長沢の主眼はエジプトにおける「家族」概念の整理と有効性の検討にあるとして、日本の学術論争から自伝を中心とした文献まで多様な資料を用いてエジプトの「家族」概念について議論した長沢の主張を丁寧に追った。その後岡戸は、長沢が扱った文献における、それぞれの著者が家族を表す表現を用いる上でこめられた意図についての問題提起を行った。すなわち、個々の著者が用いる表現は、当時の社会関係を表す資料であるだけでなく、彼らの意図が反映されたものであることを考察に含めるべきではないか、という指摘が行われた。

  第3節を担当した鵜戸聡(鹿児島大学)は、ナギーブ・マハフーズの『カイロ三部作』を対象に、家族を表す言葉とその用例について分析した長沢の第3節の議論を確認した後、頻出する家族を表す4つの用語を八つの用例群に分類して分布をみるという分析方法についての違和感を表明した。鵜戸が指摘したのは、あらかじめ用例群を規定する方法が持つ限界であり、代わって用語に込められた意味を深く探求することで生まれる家族や当時の社会状況に関するより豊かな議論の可能性である。また、家族関係の読みに関しても、家父長制の根拠として提示されるのは、セクシュアリティよりも恋愛感情の管理ではないか、とする指摘が行われた。

  第4節を担当した南部真喜子(東京外国語大学大学院)は、社会学者のサイイド・オウェイスの自伝を資料に、第3節で扱った『カイロ三部作』の家族との比較で事例を社会的文脈に位置づける試みや自伝における家族を表す用語の整理という長沢の議論を紹介した後、長沢が示すオウェイスの家系図に照らす形で規範的「家族」とは何かを問うた。より具体的には、家系には属さないながら住居を共にする拡大家族として父方の祖母の親戚が入っている点や、曾祖母に夫が二人いた点などに着目しながら、家族の広がりや流動性を指摘した。

  むすびとなる第5節を担当した竹村和朗(高千穂大学)は、著者が本章で提示した様々な問いへの論点をそれぞれ整理し、本章に明らかな長沢の方法論と家族観、家族研究観についての特徴を指摘した。竹村によれば、地域の固有概念を自伝や小説といった個人的記述からひもとく手法は著者の十八番である。またそうした特定の個別な事例にこだわりながらも、最終的に地域を超えた考察を示す「地域研究」の在り方こそが長沢の手法的特徴であるという。また長沢の家族観にも言及し、家族という集団の中の支配・被支配関係と家族の情緒的側面を重視する点が特徴的であると主張した。

  著者である長沢からの回答では、それぞれの評者から示された疑問に対し、直接的に返答する、反論するというよりは、指摘がなされた傾向が生み出された背景にあった目的意識や、着想のきっかけなどが語られ、書籍を取り巻く豊かな事象的・学術的文脈が示された。

  本読書会に参加してとりわけ印象的だったのは、著者が同席しているにもかかわらず評者から提示された、批判的な——挑戦的な、とも呼びうる——分析の数々であった。またそれに対する著者の反応が、そうした姿勢を関心の高さからくるものとして歓迎していた点である。この点において本読書会は、真摯に学問に向き合う姿勢、それに付随する緊張感、さらには学問の懐の深さを感じることのできる学びの多い会であった。 (鳥山純子)